古事記「国生み神話」の世界から今日まで繋がる国境の島々・対馬・壱岐の旅(1)

対馬・壱岐

日本と大陸の中間に位置することから、これらを結ぶ海上交通の要衝として交易・交流の拠点であった対馬壱岐

これら対馬壱岐は、古事記「国生み神話」で、本州、四国、九州を含む日本の大きな8つの島「大八島国」(おおやしまぐに)の中のそれぞれ「津島」「伊伎島」として描かれ、「本州」や「佐渡」よりも先に誕生したとされています。そんな太古の古事記の世界から今日まで繋がる、島々の文化や歴史をたどる旅を楽しんできました。

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第1回目は、長崎から空路で対馬に入り、①万松院(対馬藩主宗家菩提寺)、②上見坂公園(標高358mの展望台)を訪れます。

f:id:YOSHI88:20220414104653j:plain(提供元:Re島プロジェクト)

[1日目]

f:id:YOSHI88:20220414110114j:plain羽田空港8:30発のANA661便に搭乗し、長崎空港へと向かう。

f:id:YOSHI88:20220417222524j:plain搭乗して間もなくのレインボーブリッジ、フジテレビ上空。大都会「東京」を一望。

f:id:YOSHI88:20220417222557j:plain雪と雲に覆われた富士山頂付近を通過。

f:id:YOSHI88:20220417224746j:plain小豆島上空あたり。幻想的な風景が広がる。

f:id:YOSHI88:20220417224913j:plain福山市上空。田島、横島、百島も見える。

f:id:YOSHI88:20220417231917j:plain三原市上空。雲の下に、佐木島生口島伯方島、大島、大三島も確認できる。
f:id:YOSHI88:20220416194400j:plainようやく長崎空港に近づいてきた。

長崎空港

f:id:YOSHI88:20220418111341j:plain羽田空港から2時間程で到着。空港の外観はレンガ色を基調とし、教会やチャペルをイメージしてか、白いアーチ状のデザインや大きな鐘が印象的。なお、空港到着後、いきなり地震警報が流れる。どうやらトカラ列島で最大震度5強の地震があった模様。幸い、空港建物内でほとんど揺れを感じなかった。

f:id:YOSHI88:20220414110827j:plain長崎空港は、空港全体が大村湾の沖合に位置する、世界初の海上空港。周囲の海が近いということもあり、開放感があって海風がとても心地良い。

f:id:YOSHI88:20220414111338j:plain長崎空港12:10発のANA4653便で対馬空港へと向かう。

f:id:YOSHI88:20220414222955j:plain対馬空港付近の上空を通過。この辺りは浅茅湾(あそうわん)で、複雑な入江のリアス式海岸が広がる。

対馬やまねこ空港

f:id:YOSHI88:20220414223038j:plain長崎空港から約30分で対馬に到着。

f:id:YOSHI88:20220418110911j:plainこの空港は、「対馬やまねこ空港」の愛称で親しまれている。愛称に含まれる「やまねこ」は、対馬のみに生息し、絶滅危惧種に指定されている「ツシマヤマネコ」(写真左側のイラスト)に由来。先ずは専用バスで昼食会場へと向かう。

ふれあい処  つしま

f:id:YOSHI88:20220414223156j:plain昼食会場は、空港からバスで約30分の「ふれあい処   つしま」。木造瓦屋根の和風建築が目を引く。この建物は、対馬藩の家老・古川家の「長屋門」を再現したもので、建物内には、観光案内所や対馬の特産品を売っている店もある。

f:id:YOSHI88:20220414223231j:plain建物内の「憩いの間」に昼食がセッティングされている。

f:id:YOSHI88:20220416194452j:plain昼食は、ろくべえ(中央)、穴子カツ(左上)に、小鉢とおにぎり。「ろくべえ」は、サツマイモの澱粉で作った対馬独自の黒くて太い麺料理。プルプルした食感が楽しめるヘルシーな郷土料理。「穴子カツ」の穴子は、身が厚く脂が乗っている。

昼食後は、近くにある対馬藩主宗家菩提寺「万松院」の見学へ。

しばらく金石川沿いの広い道を真っ直ぐに歩いていく。この辺りは、宗家が治めた対馬藩十万石の城下町。右側に、金石城の趣のある石垣が延々と続いている。

金石城跡(櫓門)

少し歩くと、金石城跡の櫓門(やぐらもん)が見えてくる。金石城は享禄元年(1528)に宗将盛(そう まさもり:宗家14代)によって金石館(屋形)が建てられ、1669年に宗義真が櫓を築いて金石城と呼ぶようになった。金石城は大火で焼失したが、櫓門は、1990年に復元された。

万松院

万松院(ばんしょういん)は、対馬藩主である宗家20代義成(よしなり)が父義智の冥福を祈って元和元年(1615年)に創建した菩提寺で、国の史跡に指定されている。

山門・仁王像

万松院は数度の火災により焼失したが、安土桃山式の山門と仁王像は創建当時のままで対馬最古の建物。

本堂

本堂は、数度の火災後、明治12年(1879年)に建造されたもの。

堂内には、朝鮮国王から贈呈された三具足(香炉・燭台・花瓶)が並んでいる。

百雁木

歴代藩主が祀られている御霊屋へと続く百雁木(ひゃくがんぎ)。132段ある石段が幽玄な雰囲気を醸し出している。

中御霊屋

この石段を上った場所に宗家一族の墓所である御霊屋(おたまや)がある。その規模は大大名並みで、金沢市の前田藩墓地、萩市の毛利藩墓地とともに日本三大墓地の一つとも言われている。

万松院の大スギ

墓所の近くに樹齢1200年と言われる万松院の大スギがあり、杉では対馬一の樹齢を誇っている。

上見坂公園

上見坂(かみざか)公園(上見坂園地)は、厳原(いずはら)町と、美津島(みつしま)町との境界に位置する峠(標高358m)にある。

「この丘陵は、東に対馬海峡、西に霊峰白嶽(515m・岩体は石英班岩)と、それに連なる稜線上に、古代の朝鮮式山城金田城跡の遺る城山、そして北に景勝のリアス式海岸浅茅(あそう)湾を隔てて、重畳する対馬北部の山々を望む。」(掲示板より)

展望台からは、浅茅湾の複雑な入り江が織りなす絶景が箱庭のように眼下に広がる。天気が良ければ、遠く九州本土や韓国の山々も見えるらしく、まさに国境の島ならではの眺望。

九州百名山のひとつ霊峰・白嶽(しらたけ)。神秘的な姿が古くから信仰の対象となっている。

対馬空港、大船越あたり。断崖の海岸が続いている。

この後、県指定有形文化財の③「椎根の石屋根」(石屋根倉庫)、元寇ゆかりの神社の④「小茂田浜神社」等を観光します(続く)。

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